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ヒストリー3 平安な時代:スト2前夜~オタクの牙城

 第2次ベビーブーム世代とか団塊ジュニアとか呼ばれる我々1971~74年生まれが中高生になる頃、ゲーセンの様相は一変していました。1980年~のゲームウォッチ、1983年発売のファミコンと共にテレビよりもゲームで育ち、その中でも中高で部活や恋愛といったリアルが全く充実していない連中が巣食うゲーセン、そこはバンドブームに乗っかってギター片手にモテを目指す不良達が気味悪がったり、非モテオーラに取り憑かれることを恐れたりと、矜持として決して足を踏み入れてはならない場所、オタクの牙城と化していました。

 現在のいわゆる「オタク」を意識したり、ターゲットにした作品やマーケットがまだ未成熟な当時に「その手の人・大きいお友達・マニア」と呼ばれていた大学生~社会人の方々(我々は尊敬と、幾分のアイロニーを込めて「師匠」と呼んだりしていました)は、それはそれは筋金入りの・強烈な・紙一重の紳士達でした。

 この頃になると大分ゲーセン慣れしてきて、繁華街の大型店舗と住宅街の魔窟の中間にある、懐に優しい1クレ50円ゲーセンに足しげく通うようになります(良くも悪くも常連で持っているタイプの店ですね)、ゲーマー同士の連絡ノート(携帯が無い当時、常連同士の連絡用に良く置いてありました)には顔面の1/2が眼になっている様な美少女のイラストが所狭しと並び、アイドルに対するポエムや熱い想いがつづられたり、毎週のアニメの感想が連載されていたりと非常にカオスでしたが、攻略の質問を書くと親切な常連が回答してくれたり、とブログの原点は案外こんな所にあるのかも知れません、内輪ネタが判らないと全く意味不明な場合が多々ある点もほぼ同じです。

 また当時誤植や誤情報が多いことで有名だったゲーメストも毎号常備してあり、間違いや判り難い記述は共同責任で赤で修正を入れたり(伝説の誤植「インド人を右へ」「ザンギュラのスーパーウリアッ上」にも丁寧に赤ペンが入っていました)もしていました。


 1988~1990年の間は「ファイナルファイト」に始まる横スクロールアクションゲームの成熟期にあたり格闘ゲーはあまりありません。そんな中であるゲームが私を魅了します。

『ファイティングファンタジー』(1989)

色んなところから寄せ集めた感のあるタイトルがクソゲーのフレグランスをほのかに漂わせる、愛すべきゲームメーカー、データイースト・通称「デコ」のゲームです。
内容はそのタイトル通り、王の座をかけて戦士がモンスター達と1対1の対決を行う、というものです。

操作は8方向レバーと攻撃・ジャンプボタン。特筆すべき点としては攻撃ボタン押しっぱなし+レバー後ろでガードができます。
FF


戦いに勝利するとプレイヤーの残りHPに応じてファートマネーが支払われます、これを使って強化アイテムを購入できるのですが、システムの詰めが甘く、全く必要ないアイテムや無いと事実上クリア困難なアイテムも存在します。
FFshop


またこの頃のアクションゲームの不文律として「兜割り(ジャンプ中、レバー下方向+攻撃ボタン)」は大ダメージ(または高得点)、という物があります。(実はコレ、子どもの頃から少し疑問だったのですが、書き始めるとエントリ1つ分になりそうなので割愛します)
いくつかのゲームで実装されていたと思うのですが、具体的なタイトルとしてはナムコの『ドラゴンバスター』しか思い出せません。このゲームでも兜割りはダメージ2倍に設定されており、最初の敵はほぼこれだけで倒せてしまいます。

実はこのゲーム、何が印象深いかと言うと、私が初めて1コインでクリアしたゲームなのです。独特の世界観がラブでしたし、ファイトマネーで購入した武器をステージ毎に交換して楽しめるというやりこみの要素もあり、夢中でプレイしました。

ファイナルファイト系の横スクロールアクションにも書きたい事は少々あるのですが、それはまたいずれの機会に譲りたいと思います。

次回はゲームの歴史を塗り替えたと言っても過言ではない『スト2』が登場します。
(つづきます)
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テーマ : ▼ゲームの話
ジャンル : ゲーム

ヒストリー2-2 原始時代:格ゲーの曙~ストリートファイターの悲劇

前回までのあらすじ
 エーックス・・・
彗星のごとく現れた格ゲーの原点ストリートファイター、うなる大型筐体、躍動するキャラクター、これは、歴史上初めての格ゲーに立ち合った男の物語である。

♪かぜのなかのすーばるー♪ ゲフンゲフン


理由1:プレイスタイルが体感ゲーム
 その特異なゲームシステム・筐体から周囲の殆どの人はストリートファイターを「体感ゲーム」として受け止めました。また、ミットを叩いてパンチ力を競うゲーム「パンチングマシーン」を連想した人も多かったと思います。つまりほぼ全員が「思いっきりボタンを叩く=強攻撃を出す」事に集中してしまっていたのです。
sb

レバーで位置調整やしゃがみ・ジャンプ→可能な限り強くボタンを叩く!攻撃が当たったら再度レバーで位置調整やしゃがみ・ジャンプ→可能な限り強くボタンを叩く!
この繰り返しです。まだ「格ゲー」というものがこの世に存在しなかったので仕方が無いと言えばそれまでなのですが、当時は「弱攻撃でけん制、相手の素早い技を止める」「硬化やスカしに強攻撃を当てる」という発想が無くひたすら強攻撃・強攻撃・強攻撃…バーチャでいうとP+KとK+Gのみでゲームをするようなものですから当然先には進めません。
 特に4面イギリスステージの1人目「バーディ」は攻撃力が高く、強烈な突進技を主体に戦ってくるので「マグレ」以外で勝つのは難しく、2人目のイーグルに至ってはほぼ不可能でした。
 また、上記プレイスタイルのため分厚いゴムで出来たボタンは稼動後1ヶ月ほどで穴が開いてボロボロ。ボタンの中に空気ポンプがあり、これが押される強さで強弱を測っていたようなのですが、故障が多く店員さんにも不評であったようです。これ以上筐体が痛んではかなわん、とゲーセン側に判断されたのか難易度が大幅に下げられ、中攻撃→中攻撃→中攻撃…でそこそこ進めてしまう典型的な駄ゲーと化してしまいました。


理由2:強すぎる必殺技
 このゲームには体感型のボタンの他にもう一つ、大きなフィーチャーがありました。格闘ゲームを象徴する2つの必殺技。言うまでも無くジャイスイと鉄山靠…、ではなく波動拳・昇竜拳の事です。
 236、263のどんな格ゲーにも存在するコマンド、現在でも「波動」「昇竜」(用例:Q.ジジィのチョウワンってどうやって出すの? A.6杯以上飲んで波動Pだよ)と呼ばれる格ゲー界の無形財産はこのゲームで生まれました。発売当初からインストカードにイラスト入りでその存在は明示されているものの、出し方は書かれておらず、この2つの必殺技の出し方を探せ!というのがこのゲームのもう一つの目的とされていたのです。
poppu


 これはまさにジャッキー映画の「特訓」を彷彿させます、仇に返り討ちにあい失意の中赤鼻の師匠の特訓を受け必殺技を会得する。なんと盛り上がる展開でしょう!常連の皆も敵キャラの攻略もそこそこに血眼になって出し方を探すものの、格ゲーのコマンド入力そのものがこの世に存在しない時代です

・PKボタンを同時に強く叩く(ボタンの大きさと間隔の関係で一人では無理)
・特定の条件(ボーナスステージでパーフェクト、体力が一定値以下)をクリアする
・ラウンド開始前からボタンを押しっぱなしにする

などなど今からみると滑稽極まりないと思われますが皆で蛇行しながら全力疾走、が、あっさり店員さんがコマンドをネタバラシしてしまいます(納品時にメーカの人から波動拳の出し方だけは説明を受けていた模様です)。
出し方が分かってしまえばこの必殺技、ますますゲームの魅力を損なうものになっていました
3発当てれば勝ってしまう
という爆発的なダメージと下げられた難易度故に最終面のアドン・サガット以外が完全に作業になってしまうのです。波動拳→波動拳→波動拳で最終面まで行けてしまうゲーム、この時点で残念ながら常連からは完全に「派手なクソゲー」の烙印をおされてしまいました。


理由3:悲劇のテーブル筐体
 高すぎる維持コストと体力的に連コが難しく(ただでさえ体力の無いゲーマーが全力でボタンを叩いていたので3プレイ以上の連コは事実上不可能でした、手も痛いし) 上がらないインカムに業を煮やしたのかゲーセン側は入荷後3ヶ月ほどで場所を取るスタンドタイプの大型筐体から普通のテーブル筐体にゲームを移してしまいます。私を含めそれを見た常連の反応はことごとく
「( ´,_ゝ`)プッ」
というものでした、2ボタンが主流の時代のコンパネに醜く押し込められた6個のボタン、同じ値段で体感型からテーブル型になったゲームに誰が興味を示すでしょうか?
残念ながら誰もいませんでした、ほどなく6ボタンのストリートファイターは50円コーナーに移され、ほどなく姿を消します。

格闘ゲームの文法が確立する前に登場した元祖格ゲー、ストリートファイターは格闘ゲームというものをほぼ完成しながらもゲーマーの理解を得ることが出来ず一旦姿を消します。もちろんその悲劇の最大の理由は男性プレイヤーの萌え燃えを刺激する

・女性キャラがいなかったこと

であることは間違いないと思われます。異論は認めません。

続きます(←まだやるの??)

ヒストリー2 原始時代:格ゲーの曙~初めての大型店舗

 滝さんやフェルナンディオさんの食いつきが良く、調子に乗って更新します。
やはり読んでくれる方が居るとヤル気が出ますね♪

 翌年から個人的超暗黒時代であった中学受験も終り、自宅から離れた中学校に通うようになります。
繁華街が通学路になり、下校途中に繁華街の大きなゲーセンに寄り道するのが日課に(大きさは違えど、おあだいさんに連れて行ってもらった中野のタイガープラザがこの時に通ったゲーセンに雰囲気が非常に似ており、懐かしさを覚えました)地元の魔窟のようなゲーセンと違い明るくポップな店内で『スペースハリアー』『ダライアス』『アフターバーナー』といった初めて見る大型筐体に驚いたり(1プレイ200円という価格設定にも驚きましたがw)、仲良くなった店員さんにゲーメスト(アルカディアの前身の雑誌)の存在を教わったり、ゲームの情報交換や冗談を通じて本名を知らない友人が出来たり(この辺は今でも変わらないですねw)と楽しい時間を過ごしました。

その頃登場したのが現在の対戦格闘ゲームのルーツとも言える

『ストリートファイター』(1987)

でした、大型店ならではのスタンドタイプの体感型筐体(握りこぶし大のP・Kボタンがあり、叩く強さで弱・中・強が変わる。立ってプレイする)で搬入時に人垣ができたのを覚えています。

SFkyoutai


電源が投入され大画面に映し出される巨大なキャラクターに一同「おおっ」
SF


さっそくアクションゲーム好きの常連がクレ投入ゲーム開始、巨大なボタンをバンバン叩いて「手がイテェ!何だこれ!?」と喚きつつもゲームオーバー。
続いて我も我もと常連たちがクレ投入しますが、なんだかゲームオーバー後には一様に怪訝な表情…
自分の番が来てドキドキしながらゲーム開始、スゴい!と思ったのも束の間、他のプレイヤー達の表情が曇った理由が直ぐに理解できました。
後に「ストリートファイター2」という続編でゲームの歴史を塗り替える事になるこのゲーム、意外や意外、悲惨な末路を辿る事になるのです…

ヒストリー1 先史時代:アクションゲームの時代~不良の巣窟

先日の新橋飲み会にて、滝さんから
「何で丸投げさんはベネッサ使おうと思ったの?」
と素朴な疑問を投げかけられ、うまく説明できたのか自信がないで少し詳しく書きたいと思います。

 時は遡ります、今から25年ほど前のことでございます。(←滝さん、ツッコむポイント1です)
当時10歳だった少年、丸投げは生まれて初めてゲームセンターなる所に足を踏み入れます。

 民家の1階を改造したとおぼしきそこは、元は卓球場だったのでしょうか?隅に1台ポツンと卓球台が置いてあり、薄暗く、不潔で、近所の中学校の不良達が吸う煙草の煙がモウモウと立ち込める不道徳の遊技場でした。
今では信じられないかも知れませんが、当時のゲームセンターはパチンコ屋におおっぴらに出入りできない中学生の不良達の溜まり場でした。

 学校や親にバレないか(今でもそうなのかは不明ですが、当時はゲーセンに入るのは学校で禁じられていました)、カツアゲやトラブルに合わないか、ヒヤヒヤしながらもファミコンよりも格段に美しい画面・音、デモ画面やインストカード(ゲームの目的や操作方法、ルールを印刷した紙、画面の両側に貼ってあった。)の複雑な内容に興奮したのを覚えています。

 おっかなびっくりゲームを見て周り、シューティングは苦手…、連打系(その頃のスポーツ、プロレスゲームは殆ど連打で成否が決まるシステムでした)はダメ…と、その中の1台に強い興味を惹かれました。

コナミの『イー・アル・カンフー』(1985)です。

 ジャッキーチェン世代ど真ん中、アジアンカンフージェネレーションである自分には拳法を駆使して戦うこのゲームに言いえぬ魅力を感じたのです。
画面をご覧頂くと一目瞭然ですが、このゲームには現在の格ゲーに通ずる3つの要素があります


1:1対1の戦いである
それまでも格闘家を主人公にしたゲームは存在しましたが基本的に、ザコ敵を何体か倒す→ボス登場というアクションゲームのパターンを踏襲したものでした。

イーアルメイン


2:ボタンとレバーの組み合わせで技が変化する
後の「ファイナルファイト」のようなパンチやキックで戦う横スクロールのゲームは既に存在していましたが、多くはレバー:移動、ボタン:攻撃と役割が完全に分かれていました。
4方向レバーのゲームがまだまだ多く残っていた当時に8方向レバー/P・Kの組み合わせで多彩に技が変化するというのは驚異的なことでした。




3:女性キャラの存在(←滝さん、ツッコむポイント2です)
後に春麗→パイへと受け継がれるダブルシニョン(左右お団子ヘアー)の女性格闘家が登場します。モデルになったのは香港映画に頻出するヒロイン=父の仇を倒そうと奮戦するも力及ばず、主人公に助けられる師匠の娘、でしょうか。そもそも頭の高い位置にあるシニヨンは子どもらしさを表現するアイコンであって、そこに格闘技=強さの……ゲフンゲフン、長くなりそうなので止めます。




 ガードの要素が無い、攻撃力が一定である、対戦モードが無い(2Pプレイは可能でしたが、交互に面を進めていくモードでした)など格ゲーと呼ぶにはいささか問題がありますが、この時点で16パターンの攻撃方法を持ち、自機として使用できないとはいえ敵が11キャラも存在するという点は非常に高く評価できると思います。
 持ち前の運動神経の鈍さから6面より先に進んだ記憶はありませんが、このゲーム以来、1対1で対決するゲーム(個人的に勝手に「対決モノ・決闘モノ」と呼んでいました)に漠然とした関心が芽生えたことは間違いありません。




それからしばらくし、また強く印象に残るゲームが登場します。

タイトーの『黄金の城』(1986)です。

1対1の戦い、といっても鎧を身にまとい、剣と盾で戦うゲームです。現在でこそ『ソウルキャリバー』・『サムスピ』シリーズなど剣で戦うゲームは珍しくありませんが、当時としてはかなりの異色作でした。
ゲームは画面右から飛来する火の玉・矢・石といった障害物を盾で防ぐか、剣で打ち落としながら進む前半のアクションパートと、自分と同じく鎧に身を包み、武器と盾を持つ敵キャラと対決する対戦パートに分かれています。

黄金の城イレーネ


特筆すべき点は
1:上・中・下段の概念がある
レバーの上で上段に盾を構えて上段ガード、レバーニュートラルで中段ガード、レバー下で下段ガード。8でガード、というのは現在の格ゲーから見ればかなり奇異な感じですが、このゲームにはジャンプが存在しないので、非常に直感的で操作しやすかった記憶があります。
ボタンは縦に3つ並ぶという他に類を見ない配置になっており、上中下のボタンが各々上段・中段・下段攻撃に対応しています。

2:巨大なキャラクターが1対1で戦う
ご覧の通り、画面の1/3はあろうかという当時としては非常に大きなキャラクターを操作することが可能。後の2D格ゲーと比較しても殆ど遜色の無い大きさですから、当時としては非常にインパクトがありました。

3:バイパーズのご先祖?
敵味方共に、盾での防御に失敗すると攻撃のヒットした部分の鎧が外れてしまい、素肌の部分に攻撃がヒットすると1ミス、という小・中学生が考え付きそうなシステムを採用、あまつさえ機能させてしまっています。その技術力の高さには驚かされるばかりです。
さらに驚くべき点は上の画像の女剣士イレーネが歴史上、竜虎の拳にもバイパーズにも仁義ストームにもなしえなかった空前絶後のある事を成し遂げています。…ここまで書けばもうお分かりですね

ポロリがあります

バイパーズのハニーが、竜虎の拳のキングが餌食になったように、日本中のゲーセンでおパンツを残して全身の鎧をはぎとられ、あられもない姿になって戦い続けるイレーネの姿があったことは間違いないでしょう。
20数年の時を経ても男性プレイヤーのやることに変わりはありません、これからも多分変わりません。私も全く進歩していません。

つづきます(←滝さん、ツッコむポイント3です)

テーマ : ▼ゲームの話
ジャンル : ゲーム

クアットロ(巻き舌で)

丸投げです、思いついたので少しづつ動画をアップしていきたいと思います。


大会でのベスト4戦(、と言ってはみたものの。初戦は人数合わせのサブカの3級鷹、2回戦は屈伸もしない4段のパイだったので実力とは言い難いのですが)の動画です。
酷い
酷すぎる
酷いにも程がある
称号にビビって全く何もできていません。

まぁしかし、以前だったらもうコッチコチのパッサパサになっていて動画保存することも覚束なかったので成長はしているのでしょうかね?

対戦相手様は天下人、アイテム(胸の「十時傷」はかなり高位のチケットアイテム、背中のノコギリは金アイテムです)、チーム名(?)をみても手強い相手であることは一目瞭然です。

1R:何もできず

2R:Oで3P+Kばっかり…コンボ始動技で事故勝ちを狙ってるのが見え見えです(w

3R:ゴウの半壁4PKでのリングアウトはメモメモ…

4R:D3P+Kからの痛恨のコンボミス

反省点
・対戦相手が明らかにOベネに慣れていないのに、そこにつけ込めてない。
・半回転、全回転が充実しているとは言い難いゴウ相手に全く避けず。
・カウンターもらいすぎ

先は長いのですw
ちなみに参加人数13人だったのでベスト4でもポイントは1ポイントでした(笑)
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